hearthのお気楽洋書ブログ

洋書読みの洋書知らず。永遠の初心者。 まったりとkindleで多読記録を更新中 (ツイッターは、hearth@洋書&映画)

Never Let Me Go (Kazuo Ishiguro) - 「わたしを離さないで」 - 253冊目

ジャンル: 小説 (現代)
英語難易度: ★★☆
オススメ度: ★★★☆☆

   藤子・F・不二雄の異色SF短編集の一つで「ミノタウロスの皿」というマンガがあります。 宇宙旅行で遭難しある惑星に不時着した男。その星では支配種族が地球上でのウシにそっくりであり、一方、食用家畜がヒトとそっくりと言う地球と反対の関係にある世界でした。そのヒト族家畜は知能も高く飼い主であるウシ族と言葉も交わすことができます。ウシ族はいずれは食糧となるヒト族を美味しい食肉とするべく、身体に傷がつき肉の価値が落ちないように大事に育てています。
 主人公である地球人は、ヒト族家畜の一人の女の子と恋仲になります。そしてまもなく開かれるその星の祭宴で「最高料理」の食材となる彼女を助け出そうと説得するのですが、彼女は死ぬことに少しの恐れはあるものの「美味しいお肉」となってウシ族たちに食べられることに名誉と喜びを感じるように生まれた時から育てられていました。 いずれ食糧となるその運命に何の疑問も持ちません。そして彼女に最期の日がやってきます…   20ページ足らずの短編ですが「ドラえもん」のあのかわいい絵のタッチはそのままで、このような後味の悪い話を読むと、返って不気味さが増したように感じたのを覚えています。 そして、本作「Never Let Me Go」を読んで思い出したのはこのマンガのことでした。 

   ノーベル賞作家Kazuo Ishiguro による本作は有名であり、大まかなストーリーは知ってはいましたが、改めて突きつけられるテーマの重さに戸惑ってしまいます。
(あまりにも有名な話なので皆さんご存知とは思いますが、未読の方はここでストップして下さい。)



これは臓器移植のスペア品となるためだけに、生を受けたクローン人間たちのお話です。 幼い頃から同じ収容施設で育つ彼ら少年少女たちは、彼ら自身の行く末について朧げにしか理解しておりません。ガーディアンと呼ばれる彼らの教師たちも彼らの存在理由についてハッキリとは伝えていませんでした。それぞれ普通の子供達と同じように笑い、泣き、喧嘩し、嫉妬し、そして年頃になれば恋が始まりセックスもします。何ら普通の少年少女たちと変わりありません。しかし彼らの将来はその生を受けたときから決まっています。 それは「運命」などという余裕を持った曖昧な言葉では言い表せません。食品製造業における「原材料」のように、彼らはその消費期間まできっちりと定められています。  畜肉となる牛や豚たちが高度な知能と自身の言葉を持ったならば、この小説の登場人物たちのような会話をするかも、と考え込んでしまいました。
(2005年発刊)


メモポイント
⚫︎「unzipされるその時が来ても、私たちはきっと焦ったり騒いだりしないと思う」 
  行く末を徐々に理解し始めた彼らは、自分たちの身体を引き裂いて臓器を取り出すことを、ファスナーを開けるように「unzip」と表現する。この臓器移植の提供は彼らが死ぬまで繰り返される。そして最後に死んでしまうことは「complete」、完了と呼ばれている。

 And this was my original point. By that time in our lives, we no longer shrank from the subject of donations as we’d have done a year or two earlier; but neither did we think about it very seriously, or discuss it.


⚫︎  幼い頃からの施設仲間である本作の語り手であるキャシーとトミー。 キャシーがずっと以前に無くしてしまった大事な思い出の曲が入ったカセットテープを、トミーは自分自身で見つけて彼女に渡してその喜ぶ顔が見たかった。 街中の中古品店で二人はそのセルテープを探し続ける。そしてトミーよりも先にそのテープを見つけたキャシーは、二人のこの楽しいひと時が終わってしまうことを恐れて見つからなかったことしようかとも考えた。 彼らの間に淡い恋が芽生え始めていた。

 I didn’t exclaim, the way I’d been doing when I’d come across other items that had mildly excited me. I stood there quite still, looking at the plastic case, unsure whether or not I was delighted. For a second, it even felt like a mistake. The tape had been the perfect excuse for all this fun, and now it had turned up, we’d have to stop. Maybe that was why, to my own surprise, I kept silent at first; why I thought about pretending never to have seen it.
(中略)
 Then it was my turn to notice Tommy wasn’t as triumphant as he might be.
“Tommy, you don’t seem very pleased for me,” I said, though in an obviously jokey voice.
“I am pleased for you, Kath. It’s just that, well, I wish I’d found it.” Then he did a small laugh and went on: “Back then, when you lost it, I used to think about it, in my head, what it would be like, if I found it and brought it to you. What you’d say, your face, all of that.”


⚫︎ ドナーが恋人同士の場合には臓器摘出手術を延期してもらえるかもしれない、施設ではそんな噂話があった。一縷の望みを託したキャシーとトミーだがそれが根拠のない噂だと知る。 非情に迫ってくるトミーの手術の日程。 やがて死期を迎え衰えていく自らの醜態をキャシーに見せたくないとトミーはキャシーに別れを告げる。
 「キャシー、これから変わっていく僕の姿を君には見せたくないんだ」

  “Tommy,” I said, and I suppose by now I was furious, but I kept my voice quiet and under control, “I’m the one to help you. That’s why I came and found you again.”
  “Ruth wanted the other thing for us,” Tommy repeated. “All this is something else. Kath, I don’t want to be that way in front of you.”

そしてまだ愛し合う二人に訪れる別れ。

 I laughed too and said: “You crazy kid, Tommy.” After that, we kissed—just a small kiss—then I got into the car. Tommy kept standing there while I turned the thing round.


⚫︎ 静謐なエンディングシーン。
既に閉鎖となった施設を訪れ、グラウンドを眺めながら今は亡き恋人トミーと過ごした幼い頃を思い出すキャシー。感情の高ぶりも無いのになぜか涙が頬を伝っていた。 しばらくして彼女は戻るべき場所に向かうためにゆっくりと車に向かう。そしてその行き先とは、彼女もまたまもなく臓器提供者となる道筋だった。

 I half-closed my eyes and imagined this was the spot where everything I’d ever lost since my childhood had washed up, and I was now standing here in front of it, and if I waited long enough, a tiny figure would appear on the horizon across the field, and gradually get larger until I’d see it was Tommy, and he’d wave, maybe even call. The fantasy never got beyond that—I didn’t let it—and though the tears rolled down my face, I wasn’t sobbing or out of control. I just waited a bit, then turned back to the car, to drive off to wherever it was I was supposed to be.


  生あるものに死は必ず訪れる、それは紛れもない事実です。この小説が辛く悲しいのは、その訪れる死のタイミングが他者によって決められてしまうと言うこと、そして臓器を提供するために生まれた彼らにとってその決定に異を唱えることができないことでした。 臓器移植のためだけに人間を養殖する、この荒唐無稽なストーリー。 先述の「ミノタウロスの皿」の少女とは異なり、本作の登場人物たちは自分たちの運命を悟り懸命に抗おうとするのですが、大きな奔流に呑み込まれる中、どうすることもできません。 あまりにもリアルで詳細に描きこまれた作品であり、信じられないけどあり得ると思わせる世界観とその恐ろしさ。このディストピアイヤミスの一種のように感じました。

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