hearthのお気楽洋書ブログ

洋書読みの洋書知らず。永遠の初心者。 まったりとkindleで多読記録を更新中 (Xは、hearth@洋書&映画)

Damned Lies and Statistics (Joel Best) - 「統計はこうしてウソをつく」- 330冊目

  • ジャンル: サイエンス・ロジック
  • 英語難易度: ★★☆
  • オススメ度: ★★☆☆☆ (ちょっと同じことの繰り返しが多くて冗長な気がします)


<統計という形で示されると情報の信憑性は高まる。しかし、定義や調査方法、標本の選び方、さらには伝達の過程によって、数字の与える印象は大きく変わる。ナンチャッテ統計に騙されないための警句の書。>

 本書のタイトルは、「嘘には三種類ある。嘘、大嘘、そして統計だ」という有名な警句に由来するとのこと。 一般にはマーク・トウェイン(または英国首相ディズレーリ)の言葉とされますが、トウェイン自身は自伝の中で「ディズレーリの言葉とされるもの」として紹介しているそうです。 統計の持つ危うさ・胡散臭さを指摘しており、誰の言葉か確定していないところまで含めて、情報の出所を問う本書にふさわしい警句です。

 私たちは「統計データ」を、事実を客観的に伝えるものとして捉えがちです。しかし、故意でなくとも、当て推量、曖昧な定義、不適切な標本、報道時の言い換え、孫引きなどの伝言ゲームによって、数字は変質してしまいます。その使われ方によっては、実際の姿を歪めてしまう可能性があるという点について認識を新たにしました。 それにしても、こんなに細かく指摘していると、完全に客観的なデータなど存在するのだろうか、と考えてしまいますね。


メモポイント

  • 数字の独り歩き。 新聞などのマスメディアに取り上げられた「ナンチャッテ統計データ」はデータが仮に間違っていたとしても、元の出所を確認されることなく、そして孫引きが重なるほど、実際には同じ出所に由来する数字なのに、複数の文献によって裏づけられたかのように見えてしまう。 悪い統計の典型。

 Once a number appears in one news report, that report is a potential source for everyone who becomes interested in the social problem; officials, experts, activists, and other reporters routinely repeat figures that appear in press reports. The number takes on a life of its own, and it goes through “number laundering.” Its origins as someone’s best guess are now forgotten and, through repetition, it comes to be treated as a straightforward fact—accurate and authoritative.

  • 良い統計、悪い統計。 良い統計とは何か。それは、当て推量ではなく、定義と測定手続きが明確で合理的であり、母集団を代表する適切なサンプルに基づいているもの。

 The problems identified in this chapter suggest some standards that good statistics meet. First, good statistics are based on more than guessing.
(中略)
 Second, good statistics are based on clear, reasonable definitions.
(中略)
 Third, good statistics are based on clear, reasonable measures.
(中略)
 Finally, good statistics are based on good samples.

  • 本書の言いたいことは、要はコレ。健全な懐疑心を持ち、Criticalな態度でデータに対峙すること。 単純にそのまま受け入れるのではなく(Naive)、また全てを頭ごなしに否定する(Cynical)ことでもない。

 In practice, however, the Critical need not investigate the origin of every statistic. Rather, being Critical means appreciating the inevitable limitations that affect all statistics, rather than being Awestruck in the presence of numbers. It means not being too credulous, not accepting every statistic at face value (as the Naive do). But it also means appreciating that statistics, while always imperfect, can be useful. Instead of automatically discounting every statistic (in the fashion of the Cynical), the Critical reserve judgment.


 個人的に興味あるトピックだったのですが、同じ話の繰り返しが多く、ちょっと冗長な感じがしました。 事例は次々に変わるものの、結局は「出所、定義、測定方法、標本を確認せよ」という同じ地点に戻ってくる。 論旨は明快ですが、後半になるほど新しい発見は少なく、ここまで引っ張る内容でもないなあって感じです。
 統計関連で面白いと言えばこの2冊の方がオススメです。

  • Nate Silver「The Signal and the Noise」(4冊目)
  • Ian Ayres「Super Crunchers」(170冊目)

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The Right Stuff (Tom Wolfe) - 「ライトスタッフ」- 329冊目

  • ジャンル: ノンフィクション
  • 英語難易度: ★★★ (ドキュメンタリーの割には独特の比喩や俗語も多く、軍事・航空関係の用語も満載。つまり読みづらい)
  • オススメ度: ★★☆☆☆ (名著と評判の本。フィクションではないので、淡々と話は進みます。個人的にはあまり合わず)

<アポロ計画に先立つ米国初の有人宇宙飛行「マーキュリー計画」に選抜された7人の宇宙飛行士たちと、彼らの源流となった米軍テストパイロットたち、その家族を描いたノンフィクション。限界を超えて空と宇宙に挑戦する「空の男たち」が互いに憧れ認め合う資質、それが「Right Stuff」だった。>


最初、邦題の「ライトスタッフ」と聞いて「適切なスタッフメンバー(staff)」と言う意味かと思ってましたが、適切な、というか「選ばれた特質を持っているか」という意味だったのですね。 飛び切りにイカした飛行機乗りに必要なSomething を持っているか、ということ。
 とにかく捻った単語が多く読みづらいこと、この上ない。文章にいろんなヒネリを入れて印象強くしようとしたのかもしれませんが、ノンネイティブにはキツイよー。 読んでいてかなり疲れました。
(1979発刊)


メモポイント

  • スピードの限界に挑むテストパイロット達のクレイジーな生活。 彼らの妻たちは、いつ「ご主人は不慮の事故で亡くなりました」との電話が来るのではないかと日々恐れながら暮らしていた。 

 “I want to speak to Lieutenant Conrad,” said Jane. “This is Mrs. Conrad.”
 “I’m sorry,” the duty officer said—and then his voice cracked. “I’m sorry … I …” He couldn’t find the words! He was about to cry! “I’m—that’s—I mean … he can’t come to the phone!”
 He can’t come to the phone!
 “It’s very important!” said Jane.
 “I’m sorry—it’s impossible—” The duty officer could hardly get the words out because he was so busy gulping back sobs. Sobs! “He can’t come to the phone.”
 “Why not? Where is he?”
 “I’m sorry—” More sighs, wheezes, snuffling gasps. “I can’t tell you that. I—I have to hang up now!”
 And the duty officer’s voice disappeared in a great surf of emotion and he hung up.
 The duty officer! The very sound of her voice was more than he could take!
 The world froze, congealed, in that moment. Jane could no longer calculate the interval before the front doorbell would ring and some competent long-faced figure would appear, some Friend of Widows and Orphans, who would inform her, officially, that Pete was dead.
 最悪の事態を想定した妻のJane。結局、夫のPeteは亡くなっておらず、彼の同僚が空の事故で亡くなっておりその遺体回収のために妻からの電話に出られなかったのだ。 これはメンタルやられそう。 (このPete Conradは、その後もどうにか事故には遭わず、後々にはNASAのアポロ計画にも参加し月面を歩くことになるのだが、それはずっと後のお話。それにしても、妻はそれからもずっとこの精神状態で暮らしていたかと思うと…)

  • 海軍パイロットの事故死亡率は異常。20年間勤続での航空事故による死亡率はなんと23%だ。 なぜそれまで問題にならなかったのか?

 In time, the Navy would compile statistics showing that for a career Navy pilot, i.e., one who intended to keep flying for twenty years as Conrad did, there was a 23 percent probability that he would die in an aircraft accident.

  • アメリカの多くのパイロットたちには一種独特の喋り方があるらしい。トラブルがあってもパニックにならず落ち着いて、ウエストバージニア辺りの田舎臭くのんびりとした訛りのある機内放送での話し方。この地方出身じゃなくてもこのような話し方をするのが当時のパイロットのイメージだそう。 そしてその源流は真のライトスタッフの持ち主、チャック・イェーガーの話し方そのものだった。 いつのまにか彼独特の話し方を他のパイロットが真似し始めたのだ。

 In the late 1940’s and early 1950’s this up-hollow voice drifted down from on high, from over the high desert of California, down, down, down, from the upper reaches of the Brotherhood into all phases of American aviation. It was amazing. It was Pygmalion in reverse. Military pilots and then, soon, airline pilots, pilots from Maine and Massachusetts and the Dakotas and Oregon and everywhere else, began to talk in that poker-hollow West Virginia drawl, or as close to it as they could bend their native accents. It was the drawl of the most righteous of all the possessors of the right stuff: Chuck Yeager.
 

  • ここに登場するのはマーキュリー・セブンの一人、宇宙飛行士Gordon Cooper。 彼の宇宙船では電気系統に故障が起き、それに伴って酸素・二酸化炭素の状態まで悪化していった。普通ならかなり緊迫した状況だが、通信で届いた彼の声は、「うーん、…ちょっといろいろ重なってきたな…」二酸化炭素濃度が上がり命の危険が迫ってるというのに、のんびりと間延びした声。 これこそイェーガー流。その典型的な例がある。レーダーが故障、管制塔も大混乱の中、死に直面する場面であっても、間延びして落ち着き払ったパイロットからの機内放送。「えー、レディース・アンド・ジェントルメン、皆さま……これからピッツバーグへの最終進入で少々忙しくなります。 当航空サービスをご利用いただきありがとうございました。またのご搭乗をお待ちしております。」的な。 危険が深刻になればなるほど、あの「何が起きても大したことではないように喋る」スタイルが受け継がれてきた。 この元祖がチャック・イェーガーその人だった。そしてこのイェーガー流儀がついに宇宙にまで広がっていった瞬間だった。

 Meantime, the electrical malfunction had done something to the oxygen balance. Carbon dioxide started building up in the capsule and inside Cooper’s suit and helmet as well.
 “Well … things are beginning to stack up a little,” said Gordo. It was the same old sod-hut drawl. He sounded like the airline pilot who, having just slipped two seemingly certain mid-air collisions and finding himself in the midst of a radar fuse-out and control-tower dysarthria, says over the intercom: “Well, ladies and gentlemen, we’ll be busy up here in the cockpit making our final approach into Pittsburgh, and so we want to take this opportunity to thank you for flying American and we hope we’ll see you again real soon.” It was second-generation Yeager, now coming from earth orbit.
 自動制御システムが壊れていく中、Cooperは「ちょっと面倒なことになってきたな」と淡々と言いながらも、最後は自分の技量で地球に帰ってくる。テストパイロット時代のright stuff精神がまだ生きていたことを体現した人物だった。


 たくさんの登場人物が出てきます。 例えば、冒頭であれだけ印象的に登場したPete Conradが主人公なのかと思ったら、いつの間にか別の人物の話になっています。 メインの主人公がいるわけではなく、それぞれのエピソードを入れ替わり立ち替わり紹介していくので、全体としてまとまりのない印象を受けました。イマイチ自分がこの本に没頭できなかった理由の一つだと感じています。 
 ただ、イェーガー流の落ち着き払った田舎訛りの話し方がアメリカ中のパイロットに「伝染」していったというエピソードは面白い。元祖や本家と言われるものの源流は大概こういった形ではじまるものかもしれません。

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Finding Flow (Mihaly Csikszentmihalyi) - 「フロー体験入門」- 328冊目

  • ジャンル: サイエンス・ロジック
  • 英語難易度: ★★☆ (学術論文チックで過度な装飾語もなく読みやすい)
  • オススメ度: ★★★★☆ (学際的なトピックもあり広い分野に興味ある方にはオススメかも)

<自己啓発書というより、心理学の研究を元にした「人生の時間配分と意識の使い方」を考える一般向けの心理学書>

 そもそもこの著者の名前、なんと読むのでしょう? アルファベットを眺めても想像つかない。 正解はミハイ・チクセントミハイさんでしたー。なんかバイク川崎バイクみたいですね。 ハンガリー系アメリカ人の心理学者で、現在のクロアチアにあたる地域の出身だそうです。

 まったく本の内容と関係ない話でした。 で、本作、淡々とした出だしでなかなか盛り上がらないなと思って読み進めると、中盤に入って意外に面白くなってきます。読み終える頃には、気がつけば数時間があっという間に過ぎていて、「まさにこれはフロー体験!」と感じたものです(違うか……)。
(1997年発刊)


メモポイント

  • フローの状態とはどういうものかを端的に表している。無理に頑張っている感覚がないまま、目の前の行為に深く集中できている状態。 アスリートは「ゾーンに入った」と表現したり、宗教的神秘家では「恍惚状態」、ミュージシャンは「美的陶酔」などと言う。 明確なゴールがあり、自分の技能に対して難しすぎず簡単すぎない課題に取り組み、途中で確かな手応えを得られている状態か。

 These exceptional moments are what I have called flow experiences. The metaphor of “flow” is one that many people have used to describe the sense of effortless action they feel in moments that stand out as the best in their lives. Athletes refer to it as “being in the zone,” religious mystics as being in “ecstasy,” artists and musicians as aesthetic rapture. Athletes, mystics, and artists do very different things when they reach flow, yet their descriptions of the experience are remarkably similar.
 Flow tends to occur when a person faces a clear set of goals that require appropriate responses.

  • これもフロー状態をうまく表現している。フロー状態に入ると、集中するあまり時間の感覚が無くなり、一切ほかのことに気を取られなくなる。

 Mark Strand, former poet laureate of the United States, describes flow well in the pursuit of his vocation: “you’re right in the work, you lose your sense of time, you’re completely enraptured, you’re completely caught up in what you are doing… when you are working on something and you are working well, you have the feeling that there’s no other way of saying what you’re saying.”

  • 心の内面を耕し豊かにする。 

 The same ability to transform a tragic situation into at least a tolerable one is shown by victims of terrorists who survive solitary confinement or prisoners in concentration camps. In such conditions the outside, “real” environment is so barren and dehumanizing as to induce despair in most people. Those who survive are able to ignore selectively the external conditions, and to redirect their attention to an inner life that is real only to themselves. It is easier to do so if you know poetry, mathematics, or some other system of symbols that allows you to concentrate and do mental work without any visible, material props.

 「夜と霧」(47冊目)のビクトール・フランクルが描いたナチスの強制収容所での体験を思い出す。「注意を内面へ振り向ける力」は、フランクルが語った「最後の自由」とも通じる。


自由時間が多ければ幸福になるわけではありません。楽な動画やSNSを見るだけで一日が終わり、「やっちまった」と罪悪感を覚えることは私自身よくあります。必要なのは、暇を潰すための娯楽ではなく、始めるまでは少し面倒でも、終わった後に手応えが残るもの――読書や楽器、スポーツなど――へ、自分から注意を向ける習慣なのだと思いました。


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Poor Charlie's Almanack (Charles T. Munger)- 「チャールズ T.マンガーの金言」- 327冊目

  • ジャンル: 経済・ビジネス
  • 英語難易度: ★★☆
  • オススメ度: ★★☆☆☆(ちょっと話が拡散して読みにくい)

<ウォーレン・バフェット率いる投資会社バークシャー・ハサウェイで名番頭として副会長を勤めたチャーリー・マンガーの講演等をまとめた金言集>

 とにかく話が多岐に渡ります。マンガーのバックグラウンドが物理学を学んだ弁護士ということで、物理学、数学から心理学、歴史 (それからもちろん本家の投資と経済も)等の幅広い知識を縦横無尽に駆使して持論を展開しています。が、全体として散漫な印象を持ちました。 ところどころ面白い節もあるのですが、学問のジャンルを横断した新しい観点の気づきを期待していた分だけ、名言集に近くてあまり印象に残らなかったですね。
 ただ一つ印象に残ったのはこのフレーズです。
「一つの専門知識だけで世界を見るな」
マンガーはこの主張を、この本の中でも何度も繰り返しています。常に新たな知識を求めて探求していかないと自分の持っている知識だけで全てを都合よく解釈してしまうことを危惧しています。 専門家であっても自分の専門知識というレンズを通して現実を歪めて見てしまう危険性を、彼は繰り返し警告しています。
 複数ジャンルにまたがった知識を蓄えつつ、それを有機的に結合して現実の判断に使うこと。それがマンガーが最も伝えたかったことではないでしょうか。
(2005年発刊)


メモポイント

  • 「カナヅチしか持っていない人から見れば、すべての問題はクギに見える」どんな問題でもクギに見えるので、すべてハンマーで叩いて解決しようとする。 当然、その結果は悲惨なことに… 優れた職人はいろいろな道具を持っているだけではなく、どの場面でその道具を使えば良いかを知っている。

 Well, the first rule is that you’ve got to have multiple models—because if you have just one or two that you’re using, the nature of human psychology is such that you’ll torture reality so that it fits your models, or at least you’ll think it does. You become the equivalent of a chiropractor, who, of course, is the great boob in medicine. It’s like the old saying, “To the man with only a hammer, every problem looks like a nail.” And, of course, that’s the way the chiropractor goes about practicing medicine. But that’s a perfectly disastrous way to think and a perfectly disastrous way to operate in the world. So you’ve got to have multiple models.


 マンガーは正式な心理学を学んだわけではないそうですが、行動心理学に対して大いに興味を示しているようです。(そして旧来の学問としての心理学は、的を得ておらずまったく用を成していない。とこきおろしています) 特に、チャルディーニの著作「Influence (影響力の武器) 」(309冊目に感想)を高く評価しています。 本書では心理学は数ある「道具」の一つとして紹介されるに留まりますが、行動心理学そのものに興味が湧いたのであれば、『Influence』の方が体系的に学べるでしょう。
 投資や経済のノウハウを期待すると肩透かしですが、知識をどう組み合わせて判断するかというマンガーの思想には学ぶべき点が多くありました。

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The Bad Blood (John Carreyrou) - 「バッドブラッド」- 326冊目

  • ジャンル: ノンフィクション
  • 英語難易度: ★★☆
  • オススメ度: ★★★★☆

<エリザベス・ホームズが設立した医療機器会社セラノスよる前代未聞の大規模医療詐欺事件。 当時、スティーブ・ジョブズの再来と熱狂的にもてはやされた彼女だが、投資家に説明した画期的アイデア(痛みの無い小さな針で指先から血を取るだけで様々な病気の兆候を調べることができる)はすべて嘘っぱちだった。各界著名人も巻き込んだ事件の真相に迫る>


 久しぶりに大当たりのノンフィクションに出会えました、最初の数ページを読んだだけで、「これは寝不足になるな」と覚悟したほどです。転げ落ちるように嘘に嘘を重ねていく状況があまりにもリアルで、不正を働いてしまう会社の臨場感がヒシヒシと伝わってきました。 とても文章が読みやすく、難しい単語もありません。過剰な修飾語が無いのはノンフィクションならではですね。

 小説でもあり得ないレベルの異常な判断をする経営陣が実在したのだ、ということが純粋に驚きです。 元アメリカ国務長官や有名ソフトウェア会社の設立者、有名政治家、有名投資家が取締役に名を連ねる中、「ここまで露骨な嘘をつくはずがない」と思われたことが、逆に大勢の人を騙すこととなりました。 経緯が類似しているので、STAP細胞事件を思い出した方もいるのではないかと思います。

 本作の後半に入って、ジャーナリストである著者が一人称で登場します。ある内部告発の情報から取材を始めた彼は、当初この事件がウォーターゲートのように全米を揺るがすほどの大事件になるとは想像していませんでした。 告発した元従業員を追い詰め脅迫していくセラノス弁護士団によるほぼ犯罪同様のやり方は、ほとんどジョン・グリシャムの小説の「ザ・ファーム 法律事務所」(214冊目)のよう。 情報提供者の安全に留意しつつ、セラノスと渡り合う著者のジャーナリスト魂、そして終盤に入って、一気にセラノスの悪行を暴いていく展開は小説のようなカタルシスがあります。
(2018年発刊)


メモポイント

  • 投資家に見せる財務報告。CFOが報告したドラフトを見たエリザベスは気に入らず、大幅な上方修正を指示する。CFOは気になりつつも、後で会社業績がついてくるだろうと自分を納得させた。 これはほんの序の口で、もう始めからヤバいかおりしかしない。

 Elizabeth had asked him to put together some financial projections she could show investors. The first set of numbers he’d come up with hadn’t been to her liking, so he’d revised them upward. He was a little uncomfortable with the revised numbers, but he figured they were in the realm of the plausible if the company executed perfectly.

  • エリザベスは、血液を採取するカートリッジの極小化、手のひらサイズにすることに一切の妥協を許さなかった。 しかし彼女の目指した革命的な医療機器の発明は最後まで達成されず、結果として詐欺となった。 スティーブ・ジョブズ然り、起業家マインドあふれる卓越したCEOは、偏執的に自身の完成版に対するイメージに固執する。結局、トップの資質として求められるのは、技術や知識ではなく、完成版に対する強烈なイメージと、そのためには困難をもろともせず諦めずに立ち向かう胆力なのだろう。周りが無理だ、と言っても諦めず妥協しない強靭な心。良い悪いではなく、それがトップに求められる資質であるのは間違いない。 しかし、それは諸刃の剣でもある。 その信念が現実との対話を失った瞬間、革新と妄信の境界は極めて曖昧になる。 最後は詐欺事件として幕が下ろされたが、起業の段階ではエリザベスは間違いなく人々の役に立つことを夢として描いていたのだろう。 どこで歯車が狂ってしまったのだろうか。

 Her obsession with miniaturization extended to the cartridge. She wanted it to fit in the palm of a hand, further complicating Ed’s task.

  • 世界のあらゆる人種の老若男女の写真を使って、セラノスの血液テストの技術が人類を助けるという広告イメージを打ち出した。 このシーンを読んで、自分が勤めていた会社の海外本社の広告責任者を思い出す。 理想は壮大だが実態はお粗末。イメージ先行型で空回り。社員たちの冷めた表情を思い出した。

 They were of different ages, genders, and ethnicities: children under five, children between five and ten, young men and women, middle-aged folks, and seniors. Some were white, some black, others Hispanic or Asian. The message was that Theranos’s blood-testing technology would help everyone.

  • エリザベスと肉体関係があり、彼女と共謀して詐欺を働いていたセラノスCOOのサニー。 シリコンバレーのIT業界出身の彼は医療技術関連の経験を一切持っていなかった。 典型的な恫喝的マネジメントタイプの彼は、業務内容をまったく理解しておらず、社員にはひたすら残業と休日出勤を求めていた。 一部の社員は彼の浅薄な知識をお見通しで、彼からのメールにはとりあえず500語以上の専門用語を散りばめたそれっぽい返信を返しておくとそれ以上追求してこないことを知っていた。 浅薄なマネジメントは、こうした誰の役にも立たない仕事を生み出す。「ブルシット・ジョブ」(285冊目)を読んだときに感じた、あの不毛さを思い出した。

 With time, some employees grew less afraid of him and devised ways to manage him, as it dawned on them that they were dealing with an erratic man-child of limited intellect and an even more limited attention span. Arnav Khannah, a young mechanical engineer who worked on the miniLab, figured out a surefire way to get Sunny off his back: answer his emails with a reply longer than five hundred words. That usually bought him several weeks of peace because Sunny simply didn’t have the patience to read long emails.


 読後、まだ自分の中で消化できていない点があります。 それは、エリザベスは詐欺と分かっていて、このセラノスのビジネスを続けていたのか、ということです。本当に「いつか必ず実現できる」と信じ続けていたのだろうか。それとも、どこかで現実を直視できなくなり、自分の語る物語の方を現実だと思い込むようになってしまったのだろうか。人は、どの瞬間に現実を見失うのだろう。そして、一瞬だったとしてもスティーブ・ジョブズになれる夢を見たかったのだろうか。 
 彼女自身の心を覗くことはできないので答えは出ないでしょう。 ただ「エルサレムのアイヒマン」(300冊目)のように、始まりは故意に極悪非道な行動をしようと考えていなくても、欲望に従って行動してそれを省りみる姿勢が無ければ、悲惨な結果に繋がるということは十分にあり得ると感じました。

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Not a Penny More, Not a Penny Less (Jeffrey Archer) - 「百万ドルを取り返せ」- 325冊目

  • ジャンル: 小説 (推理・ミステリー)
  • 英語難易度: ★☆☆ (ほとんど難しい単語はありません)
  • オススメ度: ★★☆☆☆ (読後には何も残らない、でもかるーく読めます)

<油田開発詐欺に騙された四人の男たち。詐欺で奪われた百万ドルを額面ピッタリ取り返すべく、赤の他人の彼らがそれぞれの得意分野で力を合わせて、犯人を騙し返す、軽いコメディタッチのミステリー>
 
 前評判から、洗練された頭脳戦のコンゲームを期待していたのですが、うーん、そうでもありませんでした。 油田開発の投資詐欺に騙された四人の男とは、それぞれオックスフォードの天才数学教授、画廊を経営するフランス人、女性年配患者に人気のハンサムな医者、演劇大好きなイギリス貴族、という顔ぶれ。 詐欺師の大富豪ハーベイから、騙された金額百万ドルを額面ピッタリ(Not a Penny More, Not a Penny Lessというわけです) それぞれの得意分野に彼を引き込み、騙し返すというストーリーです。 詐欺師ハーベイも最後まで四人に騙され返したことが分かっていないところがご愛嬌、こいつ悪い奴なのですが、お世辞に弱く娘を溺愛するところなんぞ見ると、彼もそこまで極悪人ではないらしい。
 全体の構成はとても面白そうなのですが、個々のプロットがちょっと甘いかな。 冒頭でこれほどの大仕掛けをする大富豪詐欺師が、後半ではこれほど簡単に騙し返されるものだろうかね、と感じたのが残念な点です。 騙し返すためにハーベイを手術するというトリックがあるのですが、そもそもそこまでする必要はあったのかな。 もっと「これはまいった」というトリックを期待していたのですが。
 文章はとても読みやすいです。気張らなくても読めるでしょう。
(1976年発刊)

コンゲームではないのですが、詐欺師が出てくる成りすましの名作としては、「The Talented Mr. Ripley」(255冊目)がオススメです。 アラン・ドロンの名画「太陽がいっぱい」の原作ですね。

(今回は印象に残る一節が見つからなかったので、抜書きメモポイントは無しです。 それが、この作品が私の中で「軽く読める娯楽小説」に留まった理由なのかもしれません)

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Deng Xiaoping and the Transformation of China (Ezra F. Vogel) - 「現代中国の父 鄧小平」- 324冊目

  • ジャンル: ノンフィクション
  • 英語難易度: ★★☆ (難しい単語もなく文章は読みやすい。わざと大仰な表現も使われていません)
  • オススメ度: ★★★★☆ (超一級のドキュメンタリー。歴史好きでなくてもハマる一冊)


<鄧小平のクレドー。中国という国を経済大国にする、しかし中国の一党独裁体制は決して崩さない。「黒猫でも白猫でもネズミを捕まえる猫が優れた猫だ」この一言に彼のマキャベリ的手法が現れている>


 近代中国の歴史上の有名人は、毛沢東、周恩来など数多あれど、中国共産党の立上げから現代の経済大国の礎を築くまで、最も影響力のあった人物と言えば鄧小平、その人に違いないでしょう。 毛沢東に引き上げられ幹部として長征で活躍した彼は、経済の大混乱、知識人の粛清など、国が崩壊するほどの失政である毛沢東率いる文化大革命において、今度は徹底して虐げられ不遇の時代を過ごしました。 愛憎入り混じった彼の毛沢東に対する思いは、二度と失政を繰り返さず、国を富み栄えさせる方向へと舵取りを行います。その後、毛沢東思想を看板としては掲げつつも、その中身は共産主義と言うよりも「国家資本主義」を体現する国として中国を作り変えることでした。 つまり、「黒い猫で白い猫でも(共産主義でも資本主義でも)ネズミを捕まえる(経済的に国を発展させる)猫が良い猫なのだ」という考えに至ります。

 しかし、このような現実主義の彼にとっても決して譲れない一線とは、共産党による一党独裁主義の堅持でした。 民主主義が未成熟な近代中国にとっては、個人の自由を急激に認めることは国家そのものが瓦解・分裂して権力が分断されます。そして結果として国民にとってかえってリスクが高くなると彼は考えたのです。 経済的な国家の発展は、個人の自由容認よりも優先される、その彼の思想は、鄧小平政治の最大の汚点と言われる天安門事件の弾圧に繋がりました。 同時期、ソ連や東欧共産主義国家は、国民に一定の自由を認める中で急速に崩壊していきました。 鄧小平はその過程を目の当たりにしており、中国で同じ事態を防ぐためには、軍隊投入もやむを得ない。彼はそう判断したのでしょう。 

 当時、世界中から非難を受けた中国政府と鄧小平でしたが、その後の中国の右肩上がりの経済的成長と国民生活の向上に繋がったのは、このときの強権介入により国家の安定を保持したおかげである、と考える人も多いようです。 近代社会での一般的な概念として、自由主義・民主主義が絶対的に善なるものとして考えられがちですので、国による介入・弾圧には正直言って私も抵抗を感じます。 しかし、国家崩壊後のロシアや東欧諸国の現在の国際的ポジションと比較して見れば、このような現実的な解釈も一理あるとも言えるでしょう。

 個人的な名声を求める人ではなかったのは間違いないでしょう。 ただ偉大な中国を取り戻すために、あらゆる権力を自らに集中させて敵対するものを(毛沢東のようなあからさまなやり方ではないにせよ)葬り去った彼の政治的手法。 それはマキャベリの「君主論」(9冊目)にも通ずるもの、つまり「目的のためには冷徹な現実主義も辞さない」彼の哲学がよく伝わりました。
(2011年発刊)


メモポイント

  • 彼は生の怒りやフラストレーションを表に出さないように律していた。党や国にとって何が必要であるかを常に第一に考え、冷静に分析して判断していたのだ。 胆力というかスタミナというかたいしたもんだ。

 He had disciplined himself not to display raw anger and frustration and not to base his decisions on feelings but on careful analysis of what the party and country needed.

  • チャーチル、ド・ゴール、リンカーンも、政治の表舞台から外れた不遇の時代を経て長期的で重要な国家目標についての明確な視野を得た。毛沢東から虐げられた文化大革命の時代に日々の政治から離れることによって、鄧小平も同様に自らの知見を養っていたのだ。(彼の息子は毛沢東率いる紅衛兵により半身不随になるほどの拷問を受けていた。)

 
 Like Churchill, de Gaulle, Lincoln, and other national leaders who fell from high positions and then spent time in the wilderness before returning to high office, Deng found that the time away from daily politics enabled him to achieve clarity about major, long-term national goals.

  • 鄧小平の自身の改革に対する基本方針。「議論するな。まずやってみろ。うまくいけば広げればよい」 思想論で真っ向からぶつかるのではなく、実利を重視していた。 結局は、結果がモノを言うのだと。

 Deng had scored another victory by using his basic approach to reform: Don't argue; try it. If it works, let it spread.

  • この本の巻末には、鄧小平の同時代の人物の略歴が載っており、これが結構面白い。下記は、改革派として鄧小平の後を継ぎ国家のトップとなった胡耀邦に関する記述。 彼がどのような人となりであったかが良く分かる。 彼には、鄧小平が担っていたような重大な責任(国家全体の意思決定、秩序の維持、そして国外から中国を守ること)は課されていなかった。彼はあまりにも国民の自由主義を認め過ぎ、また党の一党独裁の体制を揺るがしたとして、最後には鄧小平から切られてしまった。 (その後を継いだ趙紫陽も天安門事件での対応が反体制派に甘過ぎるとして鄧小平から切られている)

 He did not have Deng's weighty responsibilities: to make overall decisions for the nation, to keep order, and to defend China from the outside. Even admiring subordinates acknowledged that Hu Yaobang was not a well-organized office manager, nor did he manage to protect his subordinates from attacks by others. His loudest critics said that Hu often spoke too long and too spontaneously without taking enough care to consider all the implications. Former subordinates report that Hu took far more care to familiarize himself with policies and to follow them than his critics acknowledged, but he was inclined to grant freedom to intellectuals and leeway to lower-level officials who wanted to resolve problems in their own ways.


 本作全般を通じて、さまざまなエピソードが紹介されるのですが、その権謀術数の規模が日本とは比べ物になりません。 私はスマホで中国のショートドラマをよく観るのですが、そんなドラマを観ていると「こんな大袈裟でチープなストーリー展開があるかなー」って思うことが頻繁にあります。 しかしこのドキュメンタリーを読むと、それもあり得るかなと思ってしまうほどです。 なんと言うか大味で劇的で過剰なんですよ。 いかに毀誉褒貶、権謀術数にまみれた世界で、権力の間をどのように渡り歩いて生き残っていくか。
 ショートドラマの原型見たり、さすが中国四千年の歴史です。 スケールがデカい!

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