- ジャンル: ノンフィクション
- 英語難易度: ★★☆ (難しい単語もなく文章は読みやすい。わざと大仰な表現も使われていません)
- オススメ度: ★★★★☆ (超一級のドキュメンタリー。歴史好きでなくてもハマる一冊)
<鄧小平のクレドー。中国という国を経済大国にする、しかし中国の一党独裁体制は決して崩さない。「黒猫でも白猫でもネズミを捕まえる猫が優れた猫だ」この一言に彼のマキャベリ的手法が現れている>
近代中国の歴史上の有名人は、毛沢東、周恩来など数多あれど、中国共産党の立上げから現代の経済大国の礎を築くまで、最も影響力のあった人物と言えば鄧小平、その人に違いないでしょう。 毛沢東に引き上げられ幹部として長征で活躍した彼は、経済の大混乱、知識人の粛清など、国が崩壊するほどの失政である毛沢東率いる文化大革命において、今度は徹底して虐げられ不遇の時代を過ごしました。 愛憎入り混じった彼の毛沢東に対する思いは、二度と失政を繰り返さず、国を富み栄えさせる方向へと舵取りを行います。その後、毛沢東思想を看板としては掲げつつも、その中身は共産主義と言うよりも「国家資本主義」を体現する国として中国を作り変えることでした。 つまり、「黒い猫で白い猫でも(共産主義でも資本主義でも)ネズミを捕まえる(経済的に国を発展させる)猫が良い猫なのだ」という考えに至ります。
しかし、このような現実主義の彼にとっても決して譲れない一線とは、共産党による一党独裁主義の堅持でした。 民主主義が未成熟な近代中国にとっては、個人の自由を急激に認めることは国家そのものが瓦解・分裂して権力が分断されます。そして結果として国民にとってかえってリスクが高くなると彼は考えたのです。 経済的な国家の発展は、個人の自由容認よりも優先される、その彼の思想は、鄧小平政治の最大の汚点と言われる天安門事件の弾圧に繋がりました。 同時期、ソ連や東欧共産主義国家は、国民に一定の自由を認める中で急速に崩壊していきました。 鄧小平はその過程を目の当たりにしており、中国で同じ事態を防ぐためには、軍隊投入もやむを得ない。彼はそう判断したのでしょう。
当時、世界中から非難を受けた中国政府と鄧小平でしたが、その後の中国の右肩上がりの経済的成長と国民生活の向上に繋がったのは、このときの強権介入により国家の安定を保持したおかげである、と考える人も多いようです。 近代社会での一般的な概念として、自由主義・民主主義が絶対的に善なるものとして考えられがちですので、国による介入・弾圧には正直言って私も抵抗を感じます。 しかし、国家崩壊後のロシアや東欧諸国の現在の国際的ポジションと比較して見れば、このような現実的な解釈も一理あるとも言えるでしょう。
個人的な名声を求める人ではなかったのは間違いないでしょう。 ただ偉大な中国を取り戻すために、あらゆる権力を自らに集中させて敵対するものを(毛沢東のようなあからさまなやり方ではないにせよ)葬り去った彼の政治的手法。 それはマキャベリの「君主論」(9冊目)にも通ずるもの、つまり「目的のためには冷徹な現実主義も辞さない」彼の哲学がよく伝わりました。
(2011年発刊)
メモポイント
- 彼は生の怒りやフラストレーションを表に出さないように律していた。党や国にとって何が必要であるかを常に第一に考え、冷静に分析して判断していたのだ。 胆力というかスタミナというかたいしたもんだ。
He had disciplined himself not to display raw anger and frustration and not to base his decisions on feelings but on careful analysis of what the party and country needed.
- チャーチル、ド・ゴール、リンカーンも、政治の表舞台から外れた不遇の時代を経て長期的で重要な国家目標についての明確な視野を得た。毛沢東から虐げられた文化大革命の時代に日々の政治から離れることによって、鄧小平も同様に自らの知見を養っていたのだ。(彼の息子は毛沢東率いる紅衛兵により半身不随になるほどの拷問を受けていた。)
Like Churchill, de Gaulle, Lincoln, and other national leaders who fell from high positions and then spent time in the wilderness before returning to high office, Deng found that the time away from daily politics enabled him to achieve clarity about major, long-term national goals.
- 鄧小平の自身の改革に対する基本方針。「議論するな。まずやってみろ。うまくいけば広げればよい」 思想論で真っ向からぶつかるのではなく、実利を重視していた。 結局は、結果がモノを言うのだと。
Deng had scored another victory by using his basic approach to reform: Don't argue; try it. If it works, let it spread.
- この本の巻末には、鄧小平の同時代の人物の略歴が載っており、これが結構面白い。下記は、改革派として鄧小平の後を継ぎ国家のトップとなった胡耀邦に関する記述。 彼がどのような人となりであったかが良く分かる。 彼には、鄧小平が担っていたような重大な責任(国家全体の意思決定、秩序の維持、そして国外から中国を守ること)は課されていなかった。彼はあまりにも国民の自由主義を認め過ぎ、また党の一党独裁の体制を揺るがしたとして、最後には鄧小平から切られてしまった。 (その後を継いだ趙紫陽も天安門事件での対応が反体制派に甘過ぎるとして鄧小平から切られている)
He did not have Deng's weighty responsibilities: to make overall decisions for the nation, to keep order, and to defend China from the outside. Even admiring subordinates acknowledged that Hu Yaobang was not a well-organized office manager, nor did he manage to protect his subordinates from attacks by others. His loudest critics said that Hu often spoke too long and too spontaneously without taking enough care to consider all the implications. Former subordinates report that Hu took far more care to familiarize himself with policies and to follow them than his critics acknowledged, but he was inclined to grant freedom to intellectuals and leeway to lower-level officials who wanted to resolve problems in their own ways.
本作全般を通じて、さまざまなエピソードが紹介されるのですが、その権謀術数の規模が日本とは比べ物になりません。 私はスマホで中国のショートドラマをよく観るのですが、そんなドラマを観ていると「こんな大袈裟でチープなストーリー展開があるかなー」って思うことが頻繁にあります。 しかしこのドキュメンタリーを読むと、それもあり得るかなと思ってしまうほどです。 なんと言うか大味で劇的で過剰なんですよ。 いかに毀誉褒貶、権謀術数にまみれた世界で、権力の間をどのように渡り歩いて生き残っていくか。
ショートドラマの原型見たり、さすが中国四千年の歴史です。 スケールがデカい!






