- ジャンル: ノンフィクション
- 英語難易度: ★★☆
- オススメ度: ★★★★☆
<エリザベス・ホームズが設立した医療機器会社セラノスよる前代未聞の大規模医療詐欺事件。 当時、スティーブ・ジョブズの再来と熱狂的にもてはやされた彼女だが、投資家に説明した画期的アイデア(痛みの無い小さな針で指先から血を取るだけで様々な病気の兆候を調べることができる)はすべて嘘っぱちだった。各界著名人も巻き込んだ事件の真相に迫る>
久しぶりに大当たりのノンフィクションに出会えました、最初の数ページを読んだだけで、「これは寝不足になるな」と覚悟したほどです。転げ落ちるように嘘に嘘を重ねていく状況があまりにもリアルで、不正を働いてしまう会社の臨場感がヒシヒシと伝わってきました。 とても文章が読みやすく、難しい単語もありません。過剰な修飾語が無いのはノンフィクションならではですね。
小説でもあり得ないレベルの異常な判断をする経営陣が実在したのだ、ということが純粋に驚きです。 元アメリカ国務長官や有名ソフトウェア会社の設立者、有名政治家、有名投資家が取締役に名を連ねる中、「ここまで露骨な嘘をつくはずがない」と思われたことが、逆に大勢の人を騙すこととなりました。 経緯が類似しているので、STAP細胞事件を思い出した方もいるのではないかと思います。
本作の後半に入って、ジャーナリストである著者が一人称で登場します。ある内部告発の情報から取材を始めた彼は、当初この事件がウォーターゲートのように全米を揺るがすほどの大事件になるとは想像していませんでした。 告発した元従業員を追い詰め脅迫していくセラノス弁護士団によるほぼ犯罪同様のやり方は、ほとんどジョン・グリシャムの小説の「ザ・ファーム 法律事務所」(214冊目)のよう。 情報提供者の安全に留意しつつ、セラノスと渡り合う著者のジャーナリスト魂、そして終盤に入って、一気にセラノスの悪行を暴いていく展開は小説のようなカタルシスがあります。
(2018年発刊)
メモポイント
- 投資家に見せる財務報告。CFOが報告したドラフトを見たエリザベスは気に入らず、大幅な上方修正を指示する。CFOは気になりつつも、後で会社業績がついてくるだろうと自分を納得させた。 これはほんの序の口で、もう始めからヤバいかおりしかしない。
Elizabeth had asked him to put together some financial projections she could show investors. The first set of numbers he’d come up with hadn’t been to her liking, so he’d revised them upward. He was a little uncomfortable with the revised numbers, but he figured they were in the realm of the plausible if the company executed perfectly.
- エリザベスは、血液を採取するカートリッジの極小化、手のひらサイズにすることに一切の妥協を許さなかった。 しかし彼女の目指した革命的な医療機器の発明は最後まで達成されず、結果として詐欺となった。 スティーブ・ジョブズ然り、起業家マインドあふれる卓越したCEOは、偏執的に自身の完成版に対するイメージに固執する。結局、トップの資質として求められるのは、技術や知識ではなく、完成版に対する強烈なイメージと、そのためには困難をもろともせず諦めずに立ち向かう胆力なのだろう。周りが無理だ、と言っても諦めず妥協しない強靭な心。良い悪いではなく、それがトップに求められる資質であるのは間違いない。 しかし、それは諸刃の剣でもある。 その信念が現実との対話を失った瞬間、革新と妄信の境界は極めて曖昧になる。 最後は詐欺事件として幕が下ろされたが、起業の段階ではエリザベスは間違いなく人々の役に立つことを夢として描いていたのだろう。 どこで歯車が狂ってしまったのだろうか。
Her obsession with miniaturization extended to the cartridge. She wanted it to fit in the palm of a hand, further complicating Ed’s task.
- 世界のあらゆる人種の老若男女の写真を使って、セラノスの血液テストの技術が人類を助けるという広告イメージを打ち出した。 このシーンを読んで、自分が勤めていた会社の海外本社の広告責任者を思い出す。 理想は壮大だが実態はお粗末。イメージ先行型で空回り。社員たちの冷めた表情を思い出した。
They were of different ages, genders, and ethnicities: children under five, children between five and ten, young men and women, middle-aged folks, and seniors. Some were white, some black, others Hispanic or Asian. The message was that Theranos’s blood-testing technology would help everyone.
- エリザベスと肉体関係があり、彼女と共謀して詐欺を働いていたセラノスCOOのサニー。 シリコンバレーのIT業界出身の彼は医療技術関連の経験を一切持っていなかった。 典型的な恫喝的マネジメントタイプの彼は、業務内容をまったく理解しておらず、社員にはひたすら残業と休日出勤を求めていた。 一部の社員は彼の浅薄な知識をお見通しで、彼からのメールにはとりあえず500語以上の専門用語を散りばめたそれっぽい返信を返しておくとそれ以上追求してこないことを知っていた。 浅薄なマネジメントは、こうした誰の役にも立たない仕事を生み出す。「ブルシット・ジョブ」(285冊目)を読んだときに感じた、あの不毛さを思い出した。
With time, some employees grew less afraid of him and devised ways to manage him, as it dawned on them that they were dealing with an erratic man-child of limited intellect and an even more limited attention span. Arnav Khannah, a young mechanical engineer who worked on the miniLab, figured out a surefire way to get Sunny off his back: answer his emails with a reply longer than five hundred words. That usually bought him several weeks of peace because Sunny simply didn’t have the patience to read long emails.
読後、まだ自分の中で消化できていない点があります。 それは、エリザベスは詐欺と分かっていて、このセラノスのビジネスを続けていたのか、ということです。本当に「いつか必ず実現できる」と信じ続けていたのだろうか。それとも、どこかで現実を直視できなくなり、自分の語る物語の方を現実だと思い込むようになってしまったのだろうか。人は、どの瞬間に現実を見失うのだろう。そして、一瞬だったとしてもスティーブ・ジョブズになれる夢を見たかったのだろうか。
彼女自身の心を覗くことはできないので答えは出ないでしょう。 ただ「エルサレムのアイヒマン」(300冊目)のように、始まりは故意に極悪非道な行動をしようと考えていなくても、欲望に従って行動してそれを省りみる姿勢が無ければ、悲惨な結果に繋がるということは十分にあり得ると感じました。
