hearthのお気楽洋書ブログ

洋書読みの洋書知らず。永遠の初心者。 まったりとkindleで多読記録を更新中 (ツイッターは、hearth@洋書&映画)

A Clockwork Orange (Anthony Burgess) - 「時計じかけのオレンジ」- 225冊目

ジャンル: 小説(SF)
英語? 難易度: ★★★
オススメ度: ★★★☆☆


孫悟空は頭の輪っかのおかげで更生したのか?」

西遊記に出てくるモンキーマジック孫悟空は元々やんちゃな猿でした。 如意棒や筋斗雲を駆使し無敵の力を誇る彼でしたが、唯一の弱点がありました。それはお釈迦様によって強引に頭に装着された拘束器具です。短気な悟空が乱暴しようとするとお師匠様(三蔵法師)があるお経を唱えます。 すると頭にはめられた輪っか(キンコジ)が万力のようにキリキリと締め付けて悪さができず大人しく従ったというお話です。そしてしぶしぶお師匠様との旅に付き合い始めた乱暴者の悟空ですが、やがてお師匠様に尊敬の念を覚え多くの妖怪からお師匠様を守りお供をして天竺まで経典を取りに行く旅を全うしました。 そして最後には仏にまでなるのです。 めでたしめでたし。
ところで、彼を解脱の境地にいざなったのはこの拘束器具があったからなんでしょうか。 まあ答えはノーでしょう。 彼は身体的苦痛により隷属していたわけではなくお師匠様を支えたいとの気持ちがあったからなんだと、堺正章のTVドラマ西遊記を毎週楽しみにしていた当時の小学生世代の一人としてそう思いたい。拷問による形式的服従は何も生み出さないと。
で、今日の本は身体的苦痛だけでは相手をコントロールするには十分でないというお話です。

粗筋を少し。
本作の主人公、15歳のアレックス少年はならず者たちと徒党を組んで暴力とセックスにどっぷりと浸かった環境に身を置いていましたが、ある日快楽的な殺人を犯した罪により逮捕・拘束されます。 政府側は彼を単に禁錮するのではなく、彼の刑期短縮との引換え条件として、粗暴な人間を改造するある特殊療法(ルドヴィコ療法)の効果を試すための実験台にします。 この実験とはほぼ拷問に近いイメージです。嫌悪感と脱力感を持つような薬を注射された後に、拘束イスに身体を縛られ固定機で目をこじ開けられて目薬をさされます。そして性描写と暴力が延々と続く映画フィルムを見せられます。パブロフの条件反射の刷り込みのように、暴力やセックスを想起すると死にたくなるほどの嫌悪感を覚えるよう脳内組成を改造するというものでした。 実験の効果はてきめん、アレックスはかつて彼が最も快適に過ごしていた粗暴な世界にまったく無力な状態で放り出されます。 やっとの思いで再会した両親は彼と二度と会いたくないと言い、まったくの赤の他人を息子に見立てて既に同居を始めていました。失意に打ちひしがれて実家を立ち去ったアレックス。 昔の仲間に襲われたり過去の悪行に対して仕返しをされたりする中で、行き場のない彼が取った行動とは…
(1962年発刊)


メモポイント
● ルドヴィコ療法。レイプシーンを目をこじ開けて見させられる。吐き気。医者は言う。「おお、いい感じだ、効果あるぞ」

This time the film like jumped right away on a young devotchka (娘) who was being given the old in-out (セックス) by first one malchick (男) then another then another then another, she creeching (悲鳴をあげる) away very gromky (大きな声で) through the speakers and like very pathetic and tragic music going on at the same time. This was real, very real, though if you thought about it properly you couldn’t imagine lewdies (人々) actually agreeing to having all this done to them in a film, and if these films were made by the Good or the State you couldn’t imagine them being allowed to take these films without like interfering with what was going on. So it must have been very clever what they call cutting or editing or some such veshch (もの). For it was very real. And when it came to the sixth or seventh malchick leering and smecking (にやにや笑う) and then going into it and the devotchka creeching on the sound-track like bezoomny (狂ったように), then I began to feel sick. I had like pains all over and felt I could sick up and at the same time not sick up, and I began to feel like in distress, O my brothers, being fixed rigid too on this chair. When this bit of film was over I could slooshy (聞こえる) the goloss (声) of this Dr Brodsky from over by the switchboard saying: ‘Reaction about twelve point five? Promising, promising.’

しかしこれにはかなり苦労しました。 骨が折れる。 作品が難解というよりもその言葉がですが。 Nadsat語というもので主人公たちが使う仲間内の符丁のようなもので、完全なる作者の造語です。(上の英文にカッコ書きで意味を補ったのがその造語です) 当然辞書にも載っていないから意味も取れない。 とりあえずネットで用語リストを落としてそれを辞書代わりに読了しました。
それにしても不思議なもんです。 分からないなりに強引に読み進めていくと、真ん中あたりまでくると、頻出語についてはなんとなく覚えてくる言葉が出てきます。 トルチョック(殴る)、ベック(男)とかホラーショー(素晴らしい)とか。 英語を勉強し始めた頃と似た感覚を味わいました。


● アレックスが拘束されている施設の教誨師。 このルドヴィコ療法の罪に言及する。「彼は培われた倫理観に基づいて暴力を避けているのでは無い。暴力に訴えようとすると身体的苦痛を連想するからそうしないだけだ。確かに今の彼は不法行為を行うことはないだろう。 しかし同時に彼には人間として持つべき倫理による選択の余地もなくなったしまったのだ。機械のような条件反射であり中身はない(時計仕掛けのオレンジ)」

実験を行った医師は笑いながら返す。
「動機などどうでもいいのだ。高邁な倫理など知らぬ。 犯罪が減るならばそれでいい」

‘Choice,’ rumbled a rich deep goloss (声). I viddied (見た) it belonged to the prison charlie (牧師). ‘He has no real choice, has he? Self-interest, fear of physical pain, drove him to that grotesque act of self-abasement. Its insincerity was clearly to be seen. He ceases to be a wrongdoer. He ceases also to be a creature capable of moral choice.’
‘These are subtleties,’ like smiled Dr Brodsky. ‘We are not concerned with motive, with the higher ethics. We are concerned only with cutting down crime—’


● (ここからちょっとネタバレ。未読の方は読まないで)
アレックスは昔の不良仲間だったピートと出会う。 ピートは若い女を連れていた。嫁さんだという。
(二人の中二病のようなNadsat語を使った会話を聞いて彼女はクスクス笑う)
「ねえピート、あなたもこんな変な言葉使いをしていたの?」
「そうだな。 なあアレックス。俺ももうじき二十歳だ。いつまでも昔みたいにバカやってらんないからな。」
元ヤンかよ。

This devotchka who was like Pete’s wife (impossible impossible) giggled again and said to Pete: ‘Did you used to talk like that too?’
‘Well,’ said Pete, and he liked smiled. ‘I’m nearly twenty. Old enough to be hitched, and it’s been two months already. You were very young and very forward, remember.’
(中略)
Yes yes yes, there it was. Youth must go, ah yes. But youth is only being in a way like it might be an animal. No, it is not just like being an animal so much as being like one of these malenky (小さな) toys you viddy (見る) being sold in the streets, like little chellovecks (男) made out of tin and with a spring inside and then a winding handle on the outside and you wind it up grrr grrr grrr and off it itties, like walking, O my brothers. But it itties (行く) in a straight line and bangs straight into things bang bang and it cannot help what it is doing. Being young is like being like one of these malenky machines.

最後にこんな展開になるとは…


上は最終章からの抜粋で、アメリカで発刊された時には削除されていたそうです。 それにしてもこの最終章の有無でこの話はまったく正反対の終わり方になってしまいますね。 なんか強引に話をまとめられてしまったようで、このためか少し陳腐なストーリーとなってちょっと鼻白んだ気になります。 悟空のように旅を経て精神的に成長するステップも無く、単なる「若気の至り」で片付くような問題じゃないだろー、って感じですね。

「オレも昔はワルだった。若気の至りってヤツかな」オイオイそりゃないぜ。

A Clockwork Orange (English Edition)

A Clockwork Orange (English Edition)

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