ジャンル: ビジネス・経済
英語難易度: ★☆☆
オススメ度: ★★★★☆
「交渉力」と言えば、僕にはいつも思い浮かぶ人がいます。 もう十数年も前の話です。 会社でのプロジェクトで複数の企業にまたがる大規模なコンピュータシステムを導入するというプランがあり、僕は自分の所属する会社の意向を伝えるために、そのプロジェクトメンバーの一人として参画したことがありました。その業務を通じて知り合ったある人物なのですが、孫請けの外注ソフトウェア会社から派遣されてきた方で、この人と共にした仕事はまさに目からウロコが落ちるほどのインパクトのある経験でした。
彼は40代半ばぐらいで見かけはそれほど切れ者風でもありません。飄々とした雰囲気をまとった冗談好き、いつもニコニコしている人でした。僕はこっそりと彼のことを「飄々さん」と呼んでいました。 僕たちに与えられたミッションは複数企業にまたがる共有システムの導入でした。 各企業の利益代表として一様に「以前とここが違う、こうしてもらわなければ困る」と、口々に自分の(自社の)意見を主張して譲らない中、飄々さんはいつも静かに頷いて傾聴していました。 やがて紛糾した会議の落とし所が見えなくなり参加者が不安に思い始めた頃、 おもむろに立ち上がってホワイトボードの前に立ち、みんなからの意見を整理して書き始めたのでした。それも無秩序に書くのではなく、pros / consを整理した表形式でまとめながら。 決して自身の主張を押し付けるのではなく、激昂するメンバーの意見に対しても感情的にもならずに淡々と事実を確認しながら根気強く解決策を編み上げていく。その後、これらのステップを何回か繰り返し、最後には当事者同士ではいつまで経っても解決しないだろうと考えていた問題の多くについて、彼が調整役をすることによって少しずつ解決の糸口が見えてきたのでした。 そして合意に至った結論とは、各会社・部門にとってベストとは言えないまでも、譲歩できるレベルまで整理されたベターなものだったのです。 飄々さんのこの鮮やかな手法には感嘆しました。もしこの手法を技術として習得できるものならばこれはスゴい財産になる、そう感じたのです。
今回ご紹介する本作、「Getting to Yes」を読んで思い出したのがこの飄々さんのことです。著者が「交渉術」に肝要と示したポイントを読んで感じたのは、この飄々さんの交渉の進め方が本作のセオリーにとても近かったのです。
読みやすい英文です。 やはり交渉術の本だけあって、相手に理解・納得してもらってナンボなんでしょうから、分かりやすく書かれていると思います。
(ちなみに邦題は「ハーバード流交渉術」。 例によってビジネス書の邦題はホントに頂けませんね。原書タイトルのどこにもハーバードなんて書いてありません。)
(1981年発刊)
メモ
● 良い関係を築く交渉は大事。 だが弱い態度の交渉が良いわけではない。交渉相手がハードポジションであれば、引きずられることになる。
More seriously, pursuing a soft and friendly form of positional bargaining makes you vulnerable to someone who plays a hard game of positional bargaining.
● 交渉に大事な四つのポイント
People:
Separate the people from the problem.
個人である交渉相手と交渉の課題そのものを切り分けること。個人攻撃は絶対にしない。 その場だけ勝ってよしとするのではなく、それ以降も相手と良い関係をキープするのが大事。 交渉は一過性で終わらないことが多いから。
Interests:
Focus on interests, not positions.
表面上の主張ではなく、本当に必要としているポイントを見失わないこと。見た目だけの勝ち負けにはこだわらない。 一つのオレンジを取り合ってケンカしている子供たち。 よくよく聞いてみると、一人は料理に使うのでその皮だけが欲しくて、もう一人は中の身を食べたかった。 どちらも表面上の「オレンジが欲しい」との主張では分からないこともある。
Options:
Invent multiple options looking for mutual gains before deciding what to do.
お互いにメリットがある手法を出来るだけ多く考え出すこと。そのためにはお互いの必要ポイントを正しく理解すること。
Criteria:
Insist that the result be based on some objective standard.
交渉の結果は客観的に見て納得できるような結論であること。 フェアであれ。 立場を利用した強権によるポジショントークは絶対だめ! 上司だからとか、得意先だからとかといって強引に進めると、相手に遺恨を残し後日に悪影響となって現れることが多い。
● 気難しい上司や他部署の人に対して納得しづらい提案のOKを求める場合は、その提案を作りあげる前に彼らをその過程の段階で巻き込んでしまえば良い。苦手な人だからといってなるべく接触を少なくして、案を完成させてから認めてもらおうとしても、最後に話を持っていくと難航するケースが多い。 提案作りに積極的に参加しているとスンナリと合意が取れるものだ。 逆に、たとえ納得できる提案であっても初耳だったりすると、「話を通されていない」とヘソを曲げてしまうのはアルアル。
If you want the other side to accept a disagreeable conclusion, it is crucial that you involve them in the process of reaching that conclusion.
This is precisely what people tend not to do. When you have a difficult issue to handle, your instinct is to leave the hard part until last. “Let’s be sure we have the whole thing worked out before we approach the Commissioner.” The Commissioner, however, is much more likely to agree to a revision of the regulations if he feels that he has had a part in drafting it.
● 謝罪とは最も安価で効果のある交渉術である。
On many occasions an apology can defuse emotions effectively, even when you do not acknowledge personal responsibility for the action or admit an intention to harm. An apology may be one of the least costly and most rewarding investments you can make.
● 公正、効率的、科学的な根拠を示す。ますます主張に説得力が増してくる。
The more you bring standards of fairness, efficiency, or scientific merit to bear on your particular problem, the more likely you are to produce a final package that is wise and fair.
● 交渉において、沈黙は最良の武器の一つである。 相手にやましい点がある場合、一言も発しないのはかなり有効。 もし、こちらから続いて別の質問をすることは、せっかく引っ掛けた釣り針を自ら外すことになる。
Silence is one of your best weapons. Use it. If they have made an unreasonable proposal or an attack you regard as unjustified, the best thing to do may be to sit there and not say a word.
● 重要な決定はその場で決めようとしない。相手に考える時間を与える事。
A good negotiator rarely makes an important decision on the spot. The psychological pressure to be nice and to give in is too great. A little time and distance help disentangle the people from the problem.
この本は「How to Win Friends and Influence People (人を動かす)」(34冊目)に匹敵する、人間の心の動きを理解するための良書だと感じました。 “誰もがみんな「自分はひとかどの人物です。大事に扱ってください」という看板を常に首からぶら下げているようなものだ”、と言ったのはデール・カーネギーでした。みんな自分は重要視されたい、そこを分かっていないと人は動かない、そういう事なんですね。 交渉術の要です。
話は戻ります。 その後くだんのシステムもなんとか導入を終え、プロジェクトは発展的解散となりました。そして最後に一度、僕は飄々さんに飲みに連れていってもらいました。 実のところ、彼にとって僕は顧客会社の一人としての位置付けではあったのでしょうが、接待のような雰囲気はまったくなく、仕事とはあまり関係ないバカ話をしながら、人生の先輩かつ友人として接してくれました。自分も歳を重ねたらこのような感じの人になりたいなあ、とぼんやり考えていたことを覚えています。
その後、システムの保守業務は別の業者に委ねられ、なんとなく飄々さんと会う機会もないまま時が過ぎて今に至ります。 今までいろんな上司や同僚、部下の人たちと接する機会がありましたが、このように鮮やかに思い出させる人はそうはいませんでした。 できることなら、もっとそばにいて彼の仕事の進め方を学びたかったな、今でも活躍されているかな、等と時々思い起こします。
Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving In
- 作者: Roger Fisher,William L. Ury,Bruce Patton
- 出版社/メーカー: Penguin Books
- 発売日: 2011/05/03
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
にほんブログ村